にゃんこのつぶやき

白黒ニャンコとの日々の出来事に仕事の話。それに黒ニャンコが仲間入り♪

§ 〜過去 引越後〜

〜S市から引越後〜

引越先には「昇進」で来た。
上手い表現が見つからないがレベル的には小さい会社の社長みたいなモノになった感じ。
今思えば、これが発端だったような気がする。夫婦という器に入るヒビの始まり。
昇進したことで、職場では一番えらいのだ。誰もMには異論を唱えない。。。
しかし、家庭では私や子どもたちが意見をする。そのギャップが少しずつ響いてくる。。


話はこの数年前にさかのぼる。
ある時私は「夫婦生活」に耐えかねて、
「そんなに毎日のようにつきあえない。やっと熟睡したと思ったら起こされて、
朝はあなたは寝ていられるが私は早く起きなければならないし。」
と、話し合いを持ちかけた。どれだけ私の負担になっているのかわかって欲しかったから。

ところが。。。Mの答えは「一週間に何回なら大丈夫なの」だった。
私としては一生無くてもかまわないくらいだったからそう答えた。(苦痛でしかなかったから)まぁ、納得するわけもなく「何回くらいならつきあってくれますか」と再び。
私は「一生懸命努力しても週に1回が限界だ」と。

普通の人だったらここまで言われて、週1が限界との答えで…
パートナーにどのくらいつきあって貰えば負担にならないのかな、って考えるのではと思う。
だから私は「じゃあ、月に2回くらいなら大丈夫?」との答えを期待していた。
間違っていた。Mは週1ならばつきあってもらえる。と解釈したのである。

そして…子どもは高学年になって来る。夜は一緒に寝ている。独立した部屋はない
となると、学校へ行った後にMの要求を受け入れる事になる。とてもいやだった。
少しずつマイナス(負)の感情が私にたまっていく。
だいたい、朝起きてきて、子どもたちが学校へ出かけたのを確認すると
「今から、お願いできますか?」と聞かれていきなり事に至るってのが普通だとは思えなかったから。
でもこの頃は仕方ないと思っていた。夫婦である以上義務はあるのだろうと自分を納得させていた。
子どもたちには「パパ」だったと言うのもあると思う。

そして。。。2年が経ち、新たに彼が始めた企画でMの様子がだんだん変わってくるのである。。。

                       続いてしまいます…

2007/10/29/Mon 21:37:52  過去/CM:6/TB:0/

§ わだかまり

いまだに納得できないこと。。かな

高熱を出して寝込んだとき。M仕事に行くときに「今日は私の夕飯いりません。外で食べてきます」といって出かけていった。
本当に外食してきたが私は一日ほとんど何も食べなかった。私はご飯を作ってくれるヒトで壊れていたら用事はないらしい。
翌日、母からレトルトのおかゆやカップうどんが宅急便で届かなかったら私はどうなっていたのだろうか?
私の夕飯はと、聞いてみたところ頭の隅っこにも思い浮かばなかったそうだ。なるほど。

どうでも良いことをよ〜く覚えていること。それも自分の都合の良いように。一番すごかったのがコレ…
18年前に「賃貸の方が払う金額が少ないかな…」
この一言をずっと覚えていて、一昨年、
子どもが大きくなっても「夫婦生活」したいのならカギのかかるウチでもないと無理
と伝えたらこんな返事が来た。確かに18年前に言いましたが…忘れてました。
その当時と今との金利の違いや給料の差額を考えられないようだ。
本当に「会社でえらいヒト」なのだろうか?不思議だった。
そのくせ、親が一緒に住みたいと言ったら一戸建てを買うと堂々と主張していた。
子どものためには買わないのか?さすが、子どもと離婚は関係ないと言いはなった方だ

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2007/10/25/Thu 18:55:26  過去/CM:3/TB:0/

§ 過去〜転勤まで〜

今日は結婚後10年くらい、比較的安定していた頃。
特に幸せでもないが不幸せでもなかったあの頃の話。

興味のない方は…気になさらずに。。。


結婚後、私はMの職場のある東北のS市に住むことになる。
私は学生だったので、長期の休みには2泊くらいで結婚準備に行っていたが
そこで、一番(@_@;)と思ったこと。→いきなり、何の相談もなく、勝手に!!!!新居を借りてMが引っ越したこと。
普通って相手の意見、聞かない?と思った。。。。だってね〜結婚相手ですよ?妹とかじゃなくって。そんときやめときゃ良かった?(・・)(。。)これを…後悔という…

後は細かいことは色々ありだが、結婚式を終えて二人で間取りのヘンなぼろいアパートに住むようになり
夜の夫婦生活を除けばちょっと変わった人くらいで済んでいた。
ただし、「人の気持ちを察する」と言うことに対してはとても疎いとは思っていた。
*夫婦生活* 新婚旅行に行った初日から、時差ぼけだ…と言って寝ている私といたした方である。自分が寝たいときの睡眠薬として私の意思と無関係に、されることがほとんど。まあ、当たり前のようにすぐ妊娠した…(笑)今思うと…ありえね〜!!

S市での生活は約10年。子どもたちも、幼稚園、小学校とすすみ私にもたくさん友達ができていた頃。
突然、大阪に「転勤」すると告げられた。昇進して。事後報告も良いところ。
差し障りがあるので職業は明かせないが、自分で「勤務地」を決められる職である。
オファーがあったら普通はパートナーに相談すると思うのだが、相談はされたがもう自分の中では決めていて、返事もしていた訳。

単身赴任して欲しいと思った。それも言ってみた。返事は単身赴任しても良いが2週間だけ。理由は。。不便だから。私は家政婦か。。。私の思いは届かなかった。一緒に考えて欲しかったのに。
私はその頃はパートで教育関係のことを細々やっていた程度。一人抵抗してそこで生活できるすべもなく半ば強引に表向きは穏やかに引っ越しは決まった。
私が少しずつ築いてきた友達関係も生活も全部リセットとなる。前向きに考えようと思いこむことにした。

そして、私たちの大阪での生活が始まる。
                           続いてしまいます…また後日。。
2007/10/23/Tue 20:51:26  過去/CM:0/TB:0/

§ 過去〜まず、はじまり〜

こんばんは

今夜は過去のお話、結婚まで
なんでこんな結婚したの?みたいな…
他人から見たらちょっとかわった理由。。
つまんなかったらすっとばしてください(笑)

+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−

元ダンナ(ここから先はM)は私が物心つく頃から、我が家に出入りしていた。
私の父は教師で在校生、卒業生取り混ぜて夏休みや正月には大挙しておしよせてきたのである。その中の一人だった。
年の差は一回りちょっとあったわけだ
私にとってはたくさんいるお兄ちゃんの中の一人だった

私は箱入り娘だった。父が異常なまでの心配性で高校生の時はもちろん
大学に入ってからも6時を過ぎると否、自分の帰宅時間より遅いと
なぜ帰ってこないと母を責め立てるような人だった。
地元の大学に進学した私はコンパに行っても門限は9時!という世界で暮らしていた
それでも彼氏はいたし大人の関係も持った。門限があろうと無かろうとそんな物はいつでもできることを父は考えなかったのだろうか?
未だに信じているであろう父が滑稽であるが哀れである。

我が家に来るMは無口で優しかった。
母はよく、まだ結婚しないの?冷凍庫にでもしまってるんじゃないのと軽口をたたいていた。そして、将来の出世を約束された職場にいた。

親からせかされたMは、私に白羽の矢を立てた。
よっぽど、周りに女性がいなかったのだろう(笑)
経緯は略すが、私は結婚に承諾した。大学4年生の時に。
普通に考えたら22の私が三十路を過ぎたおじさんと結婚するなんて
本来は…よほど愛がなければできないのだが…私は父が疎ましくかつ嫌いであった。
幼い頃から絶対の存在であろうとした父は私たちを暴力で従わせていた。
普通に逃れるのは相当の覚悟が必要だった。家を出るという選択肢…それが私の背中を押したのである。
そして父が結婚を許してくれるだけの「地位」がMにはあったから。。

結論として結婚という名の下に父から逃げ出したのである。一番苦労していた母を残して!
私はやっと自由になったと思っていた。一人前の大人として扱ってもらえると
それが夢であったことはほどなくイヤと言うほど思い知らされたが。
その当時は父からの束縛に比べたらたいした問題ではなかった。
いろんな疑問は浮かんではいたがそれよりも、父から離れたかった。



若かった私はずっと先の幸せよりも目先の幸せを選んだわけです。
結婚を考えている方の参考になったらちょっと嬉しいですね。。

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2007/10/22/Mon 23:49:41  過去/CM:6/TB:0/

§ 思い出したくない記憶(3)

こんばんは
昨日は疲れちゃってて更新できませんでした

では。。続きですが。。

離婚の話を切り出されて一夜明けて
「悪いところは直す努力をするから週1でおつきあいしてくれませんか」
と、のたまう元ダンナ。
どうやっても、「週1」からは離れられないらしい。
私は「ビジネスならば割り切ってできるが夫婦関係はビジネスではできない
気持ちの整理ができてコレならやっていけると思えるまで冷却期間をおきたい」

「ビジネスじゃなくて、週1のおつきあいはむりですか?」
本気ですか?
気持ちのない夫婦生活できるの?
私にはできません

そして離婚するなら私の姓はそのままで
自分が出て行くからココで暮らせ。と言う。
即座に否定したけれどなぜそんなに姓にこだわる?そして、ココに暮らせる訳ないじゃん
そもそも、夜の生活の不一致だけが破綻の原因ではなかった。
ふつうの家庭と同様我が家には車が1台あった。
「通勤」は普通、会社などに届け出た交通機関を使ってする。
当たり前のこと。私も現在モノレールと地下鉄を使っている。
しかし、元ダンナは「バス通勤」と届け出て私に送迎をさせていた。
家計には助かるが私は体のイイ運転手である
朝は「○時に送っていってください」
と頼まれる。いつも敬語。
夜は、ケータイでメールができなかったときは電話がかかってくる
「今から迎えに来ていただけませんか」
コレも敬語。普通の夫婦もしくは親子でもイイがまず都合を聞くものだろう。。
「仕事終わりそうなんだけど、そっちの都合はどう?」
など。。etc。。。
私が天ぷらを揚げていても、お風呂に入っていても
関係なかった。
そして、迎えに行ったら5分とか10分とか平気で待たせたりもした
連絡なしである

私はあるとき、社会人の常識として相手の都合を聞くのがまずマナーではないのか
と伝えた。その時はわかったような感じだったがその日に来たメールは
「○時○分くらいに迎えに来ていただけませんか」
はぁ

些細なことから徐々に亀裂は大きくなっていく

話を元に戻そう。
すぐに離婚してくれと言う元ダンナ
子どもたちのこともあるし、生活もあるから
まず、関係修復を試みてダメなら離婚という結論にしたい私
なんとしても「週一」で夫婦関係を持ってくれと言う相手。
籍が入っているから当然だと。
嫌々するのには無理があるからお願いだから外で済ましてくれと言う願いは空回りで
当然の権利のように主張する。
私の気持ちはどんなに説明してもわかってもらえなかった。

書ききれないほどのすれ違いの会話があって
たくさん泣いたが離婚に異議はない。
ただし、「準備期間」を作りたかったので無理矢理丸め込んで春まで延ばす。

長男には本当のことを話す。
その当時にはすでに子どもたちとの会話も成り立っていなかったので
今で言うKY。。。神経を逆なでするようなことを平気で言う人だった。。
顔も見たくないからさっさと離婚してくれた方が良い。
ただし、学費は出して貰わないと。。
さすが我が息子、しっかりしてました。

その後、知り合いに弁護士さんを紹介して貰い
しっかり相談に行く。正直にいきさつと経緯と(同じか??)
私の気持ちと……
一通り聞き終わった弁護士さん、
「旦那さんには友達、いますか?少なくないですか?」
そういえば、ほとんどいない。
「私の経験から、コレはアスペルガー症候群だと思いますよ。
相手の気持ちになって考えることができないんです。
このケースで離婚に至ることはとても多いです。」

なるほど〜病気だったのか。。高機能自閉症
コレで、私にも敬語を使うのとか私の気持ちを理解できないのとか
なんかすんなり飲み込める気がした。
本人が診断を受けたわけではないので断定はできないが
私が悪いんじゃないってわかっただけ救われた。

気持ちが離れていなければ病院へ行って治療して、一から出直し。。
ができるが、もう無理である。
「執着」していることが「週1回の夫婦関係」
相手に対する思いやりのないセックスなんてされたくない、したくない。

その後、私たち共通の元ダンナの先輩に相談していたこともあり
先輩の助言から、いつの間にか寝るところだけを「移した」
要するに出て行ったわけであるが。。。
私はもちろん子どもたちにも何の説明もなく
夕飯時に帰宅して食事、入浴だけをすまし、洗濯物を置いて
また出て行くという生活を半年間続けていた
(子どもからしてみれば他の女性のところに行っているのかなんて思っても仕方ないだろう。)
私は食事だけ用意して、帰宅したら子ども部屋にこもるという
不思議な半年間を過ごした。
その先輩も、びっくりしていた。夕飯と入浴だけ帰るのはおかしいだろう、と助言もしていたらしいが
「一日一回子どもの顔を見るのが義務だと思うから」
との返事だったらしい。


いろんな出来事をあげたらきりがないので
また、小出しに?思い出したときに愚痴りたいと思う。。

読んでくださった方、ありがとう。
世の中には不思議な夫婦関係もあります。
元ダンナは外から見たら優しくて、何でもやってくれそうに見えました。
実際は頼んだことのみ、やってくれる何も気づかない人でしたが。。。
周りの人に私は鬼嫁のように言われていたのかもしれません。
本当は自分の主張は押し通すすごい人だったのになぁ〜

まあ。。こんなん色々ありまして無事離婚して
現在は幸せに日々を送っております。
収入が少ないのがちょっと大変ですが何とかなるさぁ〜


2007/10/11/Thu 21:37:12  過去/CM:4/TB:0/
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